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小川孔輔「しまむらとヤオコー」

埼玉県小川町が生んだ2大小売チェーン

この30数年間で、大手流通業と太刀打ちできそうもなかった両社が、現在のような成功を勝ち得ることができた理由を知ることは興味深いテーマである。

両社が歩んできた道のりをから回顧してみることは、近年めざましい躍進を遂げている地方出身企業の成功要因を知るヒントにもなるだろう。


大店法が施行された1970年代に、両社は(イトーヨーカドーやイオンのような)総合小売店になることを断念しています。

その後ヤオコーは食品スーパー事業に、しまむらは衣料品スーパーに特化します。

総合スーパーが全盛期の時代にその決断をするのは、苦渋の選択だったと思います。

しかし結果として、商品の絞り込みや業態の専門化はプラスに作用しています。

ヤオコーは「なんでも屋」にはならなかった。

豊かな食生活が提案できる「日本一の食品スーパーマーケット」を目指した。

ヤオコーで買い物をすると、主婦は夕食の献立に頭を悩ますことがない。

そのための仕組みづくりは、ヤオコーが食品スーパーに専念したから達成できたのである。

(中略)

しまむらヤオコーも、地方で暮らす女性たちに、心地よく楽しく買い物ができる場所を提供してきた。

同時に、パート社員として時間的に無理のない形で、自分の能力を活かしながら安心して働くことができる雇用の場を、両社は提供してきたのである。

両社を合わせると、合計で約2万数千人の雇用を生み出している。

ヤオコー川越古谷店

筆者小川さんの友人から見ると、ヤオコーは「ヤオコーの売り場は、苦痛な買い物体験を、売り場のプレゼンテーションで軽減させてくれる工夫がよくなされている」のだそうです。

作りたての感じが伝わる惣菜売り場、旬や新鮮さを感じさせる売り場演出は、ヤオコーの女性パート社員たちのアイデアから生まれています。

料理のメニューや商品の陳列は、彼女たちが消費者としての視点から提案しているものなのです。


上空から立地を検証

グーグルマップが利用可能になったおかげで、いまでは軽飛行機を使って上空から立地調査をする意味はずいぶんと薄れてきている。

グーグルで必要な場所を検索して、大画面、中画面、住宅地図に近い詳細画面を切り替えれば、鳥の目にも虫の目にも自由自在になることができる。

しかしながら、昭和50年代の初めは、一般企業が航空写真を入手することがまだ難しかった時代である。

セスナを使った航空測量は、政府機関や大手企業などが、高速道路の建設や大規模な不動産開発などで利用していた。

当時のしまむらのような小さな民間会社が、商圏調査に使うことは例外的なケースだっただろう。

航空写真が利用できなかった時代に、上空から住宅の密集度や交通動線を見ることに着目した島村恒俊は、実に先駆的な企業家だったことになる。

日曜日に飛んだのは、土日の買い物客が多かったからである。

休日の人の動きと車の流れを見るためだった。

航空写真が整備されたいまでも、静止画像だけでは、交通動線はわからない。

航空法で定められている下限の高度1000フィート(躍進305メートル)まで降りると、地上で自転車をこいでいる人の髪型やマフラーの色まで、驚くほどくっきりと見えるものである。

鳥の目も必要である。

商圏を確認するために、最初は2000フィート(約610メートル)まで高度を上げる。

この高さからならば、新しく橋がかかっている模様や、道路が途中まで完成しかけている様子が俯瞰できる。

恒俊たちが上空から見ていたのは、現在の地図ではなく、5年後、または10年先の、未来の町の姿だった。

千葉(1980年)、茨城(85年)など、その後も近県に進出するに当たっては、その都度、恒俊はセスナをチャーターしている。

しまむらが店舗立地で失敗することが比較的少なかったのは、新規の県に出店するに当たって必ず上空確認をまず行い、出店候補地のポイントを事前にチェックすることを基本としていたからである。


他にも、小学校の数で立地にふさわしいかどうかを判断していたそうです。

このアイデアはスゴいですね。

ヤオコーの大卒採用計画、大作戦

首都圏でヤオコーなどの新興企業の営業を担当していたのは、リクルートの相場春夫。

ヤオコーは経常利益4500万円の中から1500万円を投じて、大卒社員の募集広告を出しました。

1976年3月、無事に大卒社員1期生7人がヤオコーに入社しました。

その後も数年間、ヤオコーリクルートで募集広告を出すことになります。

敏腕営業マンの相場は、さすがにやり手だった。

ヤオコーが新卒の募集に成功した最初の年、リクルートの営業の文句は、「埼玉のスーパー、ヤオコーでも、リクルートに広告を掲載したら、なんと大卒を7人採用できました!」だった。

次の年から北関東の多くの小売企業が『リクルートブック』に広告を出し始めた。

しまむらの海外展開

「小売業が外資100パーセントで海外に進出できる国は少ない。

台湾は、その中で比較的ハードルが低かった。

それでも、進出してみて初めてその難しさがわかった」(藤原相談役)

同じ漢字文化圏にありながら、法律がまったく違うのである。

当初はあてにしていた「メイド・イン・チャイナ製品」が政治的に台湾には輸入できなかった。

日本との生活習慣の違いも、商売を難しくしている要因だった。

例えば、日本と同じパジャマを台湾に持っていったところ、全然売れなかった。

「5年たってから、ようやく売れない理由がわかりました。

台湾の人は、家に帰るとスウェット・スーツに気がえて、そのまま寝てしまいます。

だから、日本式のパジャマはほとんどつかわれないのです。」(藤原相談役)

藤原相談役は、家具のニトリなども、進出先の台湾で苦戦している理由をあげてくれた。

家具のサイズが日本と異なるのだ。

台湾は、ベッドやいすの高さが欧米式のサイズである。

「人間の意識や習慣を変えるのは難しい、

日本式を台湾で標準にするのは簡単ではない。

小売業が自国と同じように海外展開するには、10年はかかるのではないだろうか。」(藤原相談役)

しまむらとヤオコー

しまむらとヤオコー