大西洋「常に確信を生み続ける三越伊勢丹の秘密」
「違いを明確にする編集力」が新しい百貨店をつくる
「ここは三越の食品フロアだな」「ここは伊勢丹の食品フロアだな」と言われるような、他社とは一線を画すつくりにしなければ、お客さまにワクワクしてもらうことはできません。
伊勢丹新宿本店でなければ買えない、味わえないといった強みを前面に押し出していかなければならないのです。
そのためには、何らかのコンセプトを打ち出し、それに応じて品ぞろえや見せ方を工夫する、いわゆる「編集力」が不可欠です。
たとえば、従来のようなメーカーごとの分類にするのではなく、ヨーロッパの有名パティシエの監修のもと、ショートケーキ、シュークリーム、モンブランなどスイーツの種類ごとに分類するといった、独特の世界観を演出するための工夫が必要だと思うのです。
食品については、この編集力がまだまだ足りないことが大きな課題です。
お客さまの立場で考えれば、商品が同じなら地元で、あるいは駅前で買いたいのは当然のことですから、それを考慮したうえで、あえて三越伊勢丹で買おうと思っていただける展開にすることが、ものすごく重要になってくるのです。
コンビニやスーパーに行けば何でも揃うこのご時世。
わざわざ百貨店に足を運んでいただくには、何らかのプラスαが、コンビニやスーパーでは手に入らない、何らかの特別な価値が必要です。
では、その価値とはいったい何か。
大西さんは「心が動くこと」ではないかと考えています。
たとえば、「今日、三越(伊勢丹)に行ったら、こんなスタイリストがいて、こんなことを紹介してくれた」とか「他にはない、こんないいものを見つけた」といった出会い、機会、チャンス。
こうしたものがあってはじめて人の心は動きます。
つまり、思わず心が動くような出会いや機会を提供することこそが、これからの百貨店に期待される価値ではないかと思うのです。
現在、ほとんどの百貨店では、1階が雑貨と化粧品、2、3、4階が婦人といった縦割りの展開になっています。
モノで分けて考えるのではなく、お客さまの生活そのものにどのように関わっていけばいいのかを考えて各階を編集し直す必要があります。
たんにモノを売るのではない、豊かな生活や文化の発信基地としての役割が、これからの百貨店には求められているのです。
旅行先で見つけた「一生忘れられないおもてなし」のヒント
旅行に行くと、おもてなしの参考やヒントにたくさん出会います。
たとえば、鹿児島県の霧島に「天空の森」という宿があります。
ここは、東京ドーム13個分の敷地内に、宿泊用のヴィラが三つしかないという、大自然を存分に体感できる宿泊施設です。
広大な敷地に三つですから、他の人ゲストと接触することはまずありません。
だから、ここのドレスコードは裸。
広々としたリビングやベッドルームのほか、表には露天風呂もあるので、裸で過ごすととても気持ちいいのです。
しかも、標高の高い場所にあるので、まるで空が手の届きそうなところにあるように感じられます。
そういうところでボーッと過ごすのは、まさに至福の時。
こんなダイナミックなおもてなしは、なかなかお目にかかれるものではありません。
印象に残ったのは、それだけではありません。
リビングルームに準備されたタオル。
見るからにいいものだとわかるのですが、なんとこのタオルは、その宿泊者のためだけにつくったタオルだというのです。
タオルだけでなく、冷蔵庫に入れてある鹿児島の美味しい水。
この水を入れたボトルもなんと「大西さんのためにつくりました」とのこと。
訪れる宿泊者のためだけにつくる、究極のサービス。
三つしかヴィラがないというのは、三つしか手が回らないほどの徹底したおもてなし。
ということなんですね。
原点に立ち返って、百貨店本来のあり方を問い直す
百貨店は日本の伝統的な文化を守り、継承していくべきだと大西さんは考えています。
もともと三越は工芸や美術に強く、古くから伝統工芸展を定期的に開催してきました。
この伝統工芸展は人気があり、お客さまの関心は高いです。こうしたお客さまの関心の高さに対して、百貨店側は十分対応し切れてません。
お客さまが伝統工芸展を目当てに来たら、伝統工芸を見るだけでなく買ってもらう展開にすべきですが、それができていない。
お客さまは工芸展だけを見てそのまま帰るケースが多く、大西さんはその原因を、百貨店側のサービス不足だと捉えています。
伝統工芸展を企画している百貨店側が伝統工芸に詳しいかといえば、必ずしもそうではありません。
おそらく、展示を見に来店されたお客さまの中には、「関心があってきたけれどあまりよく知らない」という方も少なくはないはずです。
そうした方々に十分なサービスを提供するには、私たちがもっと深く広く、伝統工芸について勉強しなけばなりません。
日本の文化を守るべきはずの百貨店が、日本の文化を壊してしまっている
百貨店は伝統的なモノだけでなく、文化も守るべきです。
たとえば正月という文化。
そこで三越伊勢丹は、2016年から元日と1月2日に正月休みを取ることにしました。
売り上げ減や正月に買い物をしたいという批判を押してもやった理由は、日本人の大切な文化を小売業が壊してしまったのではないかという強い危惧が大西さんにあったからです。
1月2日から営業すると三越伊勢丹で働く人たちは休みが取れず、正月を家族で過ごすことができなくなっていました。
つまり、百貨店が目先の売り上げのために行う初売りが、日本人の伝統的風習であるお正月の一家団欒を奪うというかたちになってしまっていたのです。
日本人の文化を守るべきはずの百貨店が、日本の文化を壊してしまっいる。
その由々しき事態にはたと気づいたとき、私は「本来に戻らなければだめだ。百貨店は、本来あったものを取り戻すべきだ」と確信したのです。
百貨店が1月2日の初売りを取りやめ、主力である本店を休業することについて、「新しい試み」ととらえる方も少なくないかもしれませんが、これは新しい試みではなくむしろ原点回帰、原点に立ち返って本質を見つめ直そうという提案なのです。
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