羽海野チカ「3月のライオン」
桐山の親友二海堂の名台詞。若くして亡くなった村山聖九段がモデルだから、いつか死ぬのではと思うと泣けてくる。
ストーリーも良かったですが、それ以上に比喩の使い方が素晴らしかったです。
僕の大学時代の先生は「文学は比喩の芸術だ」と授業で言っていました。
ストーリー以上に比喩が大事。
ストーリーは1回読むと忘れてしまいます。
しかし素晴らしい比喩表現は何年経っても忘れません。
これは文学だけでなくマンガや映画でも同じ。
良くも悪くも、ストーリーの面白さだけでゴリ押しするマンガは非常に多く、それはそれで素晴らしいです。
『3月のライオン』でも主人公 vs 川本家の父の話はサイコーにクレイジーでした。
父親がイカれてるのは百も承知ですが、あの話の流れから主人公の、
公開プロポーズきたああああああああ!!!!!
には少年マンガ的なアツさを感じました。唐突過ぎて爆笑したけどwwwwww
前置きはこれくらいにして、「3月のライオン」における比喩の使い方を具体的に見ていきましょう。
取り上げるのはこの3つ。
- 桐山零
- 宗谷名人
- 町の描写
桐山零
第1話冒頭のコマより。
主人公桐山零は「ゼロ」=「何も持っていない」人間だと比喩的に表現しています。
文字通りゼロからのスタート。
そして彼の住む部屋を見ると、
家具がありません。
着替えと飲み物と、将棋だけ。
完全にミニマリストですが、将棋だけはあるんです。
実は桐山零はゼロではない。
大切なものはすでに持っています。
それに気づいていないだけ。
それを第1話冒頭で暗示しているのです。
『3月のライオン』は第1巻裏表紙に書いてある通り、絶望の中にいる(と思い込んでいる)主人公が失ったものを取り戻していく物語です。
そしてそれは彼だけでなく、全ての登場人物にも当てはまります。
初見ではとても明るくて幸せオーラ全開の川本家。
しかしこの家族は娘3人+祖父といういびつな構成で、祖母と母親との死別、父親の不在(後に登場するが最終的には決別)という傷を抱えています。
桐山零と川本3姉妹、心に傷を負った者同士が出会い、大きな河の流れのようにゆっくりと再生へ向かいます。
そしてこの漫画の連載もゆっくり進んでいます。
2007年7月に連載が始まってるのに、2017年12月現在で13巻しか出ていない超スローペース。
つまり、作者羽海野チカの生き方が『3月のライオン』の比喩にもなっているのです。
「HUNTER×HUNTERの冨樫先生を見習い、休んでもでいいから少しずつ前に進んでいこう」
そんなメッセージが隠されているのです。
(隠されていないw)
宗谷名人
『3月のライオン』の作中で将棋が1番強く、体が1番白いキャラ。
- 見た目が若いときのまま
- 十数年の年月その姿は変わることなく
- 気配がない
- 人ではない
というヒドい言われようwww
これが冒頭で触れた比喩で、要するに宗谷名人は人間ではないのです。
ここでいう「人間」とは、彼がゾウとかタヌキだという話ではありません。
人間としての生き方をしておらず、「他人とのコミュニケーションが取れない」=「人間ではない」という比喩になります。
宗谷名人はストレスが原因とされる突発性難聴を抱えています。
そのため時折耳が聞こえなくなります。
しかし当の本人は、「むしろ将棋に集中できるからありがたい」と発言しており、耳の病気には無関心。
他人とコミュニケーションを取る上で、耳が聞こえないのは致命的です。
そこに悩みを感じていないので、「人間ではない」キャラも致し方なしです。
また宗谷名人の難聴は不治の病ではなく、「ストレスが原因」とされています。
つまりストレスをなくすことで回復可能なことを示唆しています。
彼のストレスの元凶はまだ判明しておりませんが、ゆくゆくは描かれるでしょう。
ちなみに宗谷名人と桐山零には共通点があります。
両者とも将棋に関しては類まれなる才能を持っていますが、コミュニケーション能力には難あり。
桐山零は傷つきながらも前へ進み、他人とコミュニケーションを取ろうともがき苦しんでいます。
一方で宗谷名人は最初から取る気がありません。
ゆっくりと前へ進む人と、最初から諦めている人。
この違いが今後どのように活かされるのでしょうか。注目です。
町の描写
桐山零が一人で住む「六月町」はいつも暗くて汚い。
一方、川本三姉妹が住む「三月町」は爽やかでキレイ。
ここから、
- 「六月町」=「闇」の比喩
- 「三月町」=「光」の比喩
となります。それに加えて、
- 桐山零の名前は「ゼロ」=「おまえには居場所も何もない」と開幕で義姉に言われる
- 零くんは三姉妹の家で夕食をごちそうになる(他者とのコミュニケーションの始まり)
- 現実の名人戦挑戦者決定リーグは6月に始まり3月に終わり、そこで優勝すれば名人と対戦可能
という情報を組み合わせると、
- 「六月」=スタート地点の比喩
- 「三月」=ゴール地点の比喩
となります。ゼロの存在で闇の中にいる主人公が、他者とのコミュニケーションによって光を得るというストーリー構造が見えてきます。
しかし「三月」は単なるゴールではなく、新たなるスタートでもあります。
例えば卒業。
ゴールをイメージさせますが、同時に次のステップに進む際のスタート地点でもあります。
前述の名人戦挑戦者決定リーグ(予選ラウンド)も3月に決着が着くと同時に、現名人との七番勝負(決勝戦)の始まりを想起させます。
終わりの始まり。
1周して同じ所に戻ってきますが、その時の自分は過去の自分よりも成長しているのです。
このマンガの最終回、あるいは途中の段階で描かれるのは、3月に名人戦挑戦者決定リーグで優勝し、高校も卒業した主人公が宗谷名人との七番勝負に挑む姿でしょう。
人間的に成長した主人公 vs 将棋最強の宗谷名人との死闘。
何年後になるかはわかりませんが、それが描かれる日まで羽海野チカを応援していきたいですね。
- 作者: 羽海野チカ
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